富士山のふもとで、人の日常をプロデュースする

― 東静岡天然温泉 柚木の郷 支配人・山田隆士さん
静岡駅から一駅、JR東静岡駅の目の前にある「東静岡天然温泉 柚木の郷」。
天然温泉や本格的なサウナ、多彩な岩盤浴に加え、「読書」をテーマにした静かなラウンジを備えたこの施設は、一日をゆっくり過ごしたくなる大人のための温浴施設である。
今回お話を伺ったのは、支配人の山田隆士さん。
柔らかな語り口で想像できたが、もともとはホテル業界、それも一流ホテルのブライダル部門を長年歩んできたサービスのプロフェッショナルだ。
しかし、話を聞き進めるほどに見えてきたのは、「ホテルマン」でも「温浴施設の支配人」でもない。
人が求める時間を演出するプロデューサーという姿だった。
富士山が「日常」にある街
山田さんが柚木の郷へ赴任したのは令和7年の師走。
関西で大型温浴施設の支配人を務めた後、この静岡へやってきた。
関西出身だからこそ、静岡でまず驚いたことがあるという。
「やっぱり富士山ですね。」
旅行先で遠くに眺める存在ではない。
朝起きればそこにあり、今日の天気よりも先に「今日は富士山がよく見える」と感じる。
この土地では、日本一の山が暮らしの風景になっている。
昔、多くの銭湯の壁には富士山のペンキ絵が描かれていた。
日本人にとって特別な景色を、静岡の人たちは毎日のように見ている。
その贅沢さを、山田さんは静かに語ってくれた。
もう一つ印象に残ったのは魚のおいしさだという。
休日に訪れた清水港で食べたマグロや鯵。
「これは本当に違いました。」
そんな土地の豊かさも、この街の魅力になっている。
思っていた以上に温かい人たち
赴任当初、静岡の人には少し控えめな印象を持っていたそうだ。
関西のように積極的に距離を縮める文化ではない。
だからこそ、最初は少し壁を感じていた。
ところが実際は違った。
こちらから声を掛けると、驚くほど気さくに応えてくれる。
今では「山田ちゃん」と親しみを込めて呼ぶ常連客も少なくない。
一見控えめに見えて、心を開けばとても温かい。
そのギャップこそが、この地域の魅力なのだと話してくれた。
人生最高の一枚から、人生の日常へ
山田さんは、ホテルオークラ、リッツ・カールトン、オリエンタルホテルなど、一流ホテルのブライダル部門でキャリアを積み、最終的には部門を統括する支配人を務めてきた。
人生で最も特別な一日を演出する仕事。
誰もが憧れる世界だった。
しかし、コロナ禍をきっかけに時代は大きく変わる。
結
婚式の形も、人々の価値観も変化した。
将来を考え始めた頃、かつての上司から温浴業界を勧められた。
そこで新しい挑戦を決意する。
「ホテルは非日常、温浴は日常。」
山田さんはそう表現した。
一見するとまったく違う仕事に思える。
しかし本人の考えは違っていた。
ホテルでは人生最高の一枚の写真を演出してきた。
今は人生という長いアルバムの一ページ、その中の一枚を支えている。
舞台は変わっても、人を思う気持ちは変わっていない。
観察と会話がサービスをつくる
「お客様が何を求めているかを考え、それを提供すること。」
それが山田さんのサービスの原点だ。
そのために必要なのは観察とコミュニケーション。
例えば、お客様が右利きか左利きかは見れば分かる。
書き終えたペンをどこへ置くかも予測できる。
しかし、まだ書き足りないのか、それとも終わったのかは、話をしなければ分からない。
だから観察だけでは足りない。
人と向き合い、言葉を交わすことが欠かせない。
その積み重ねが、本当に求められるサービスにつながっていく。
支配人の仕事は、教えることではない
施設運営で最も大切にしていることを尋ねると、迷わずこう答えてくれた。
「スタッフとのコミュニケーションです。」地域のことも、お客様のことも、現場で働くスタッフの方がよく知っている。
だから、自分は教える立場ではなく、教えてもらう立場。
その姿勢を大切にしているという。
静岡のスタッフは決して自己主張が強いタイプではない。
しかし、目的を共有すると、驚くほど良いアイデアが出てくる。
実際にスタッフの企画を採用し、成果につながった取り組みもある。
支配人の役割は、前に立って引っ張ることだけではない。
人が力を発揮できる環境を整えることも、大切な仕事なのである。
炭酸泉は健康へのスタート地点
炭酸泉について尋ねると、山田さんは少し表情を引き締めた。
以前勤務していた施設は、厚生労働省の「健康増進施設」の認可を受けた施設だった。
その経験から、炭酸泉と健康の関係について深く学び、自らも体験してきた。
だからこそ、この施設でもまず炭酸泉に入ってから天然温泉やサウナを楽しんでほ
しいという思いがある。
「健康になるためのスタート地点なんです。」
しかし、その良さを理屈だけで伝えても人は動かない。
どうすれば自然に体験してもらえるのか。
その伝え方を今も考え続けている。
設備ではなく、体験として伝える。
それもまた、サービスのプロらしい発想だった。
「やらない理由」は考えない
最後に、一つだけ質問した。
「支配人として、これだけはやらないと決めていることはありますか。」
山田さんは少し笑い、「面白い質問ですね」と一呼吸置いて答えた。
「やらないことはやらない」という考え方をやらない
できない理由ではなく、どうすればできるかを考える。
その姿勢だけは変えない。
ホテルでも温浴施設でも、目の前にいる人が求めるものを形にしてきた。
だからこそ、「できない」という言葉より、「できる方法」を探すことを選び続けている。
その言葉には、長年サービスの最前線に立ってきた人だけが持つ重みがあった。
人を温める場所
柚木の郷には天然温泉もある。
サウナもある。
岩盤浴もある。
炭酸泉もある。
けれど、この施設の本当の魅力は、それらを運営する人たちの姿勢なのかもしれない。
富士山を日常に眺める街で、人の日常を少しだけ豊かにする。
山田支配人がプロデュースしているのは、お風呂ではない。
今日という一日を、少し心地よく終えるための時間なのである。
湯守人
おふろ好きの国ニッポン。この国で生活する人たちの寛ぎと健康とレジャーを提供するうるおいの場所。元来温泉f日には、そこに湧き出るお湯を守り、受け継いでいく「湯守人」の存在がありました。当サイトでは、現代の「湯守人」たちにスポットを当てて、その想いを伝えていきます。



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