「プラスを増やす前に、マイナスをなくす」万博おゆば・板金支配人の流儀

プラスを増やす前に、マイナスをなくす
太陽の塔で知られる万博記念公園。その西側に、20年以上にわたって地域の人たちに親しまれてきた温浴施設があります。
「万博おゆば」です。
周囲には、万博記念公園をはじめ、コンサートやスポーツが行われる施設が点在しています。一方、その背後に広がっているのは、千里ニュータウンを中心とした北摂の住宅地です。
広域から人が集まるレジャーエリアでありながら、地域の人が普段のお風呂として利用できる場所でもある。観光と日常、初めて訪れる人と通い慣れた常連客。その二つが交わる場所に、万博おゆばはあります。
北摂の日常を支える温浴施設
北摂は、大阪の中でも落ち着いた土地柄だといわれます。
千里ニュータウンを中心に、全国から多くの人が移り住んできた地域であり、いわゆる「大阪らしい濃さ」とは少し異なる空気があります。教育や住環境への関心が高く、施設の清潔さや落ち着き、接客にも厳しい目が向けられます。
万博おゆばの利用者は、平日で約6割、土日祝でも約4割が地域の人です。
上質な天然温泉と、炭酸泉を備えた広い露天エリア。万博公園を訪れた人が帰りに立ち寄る施設であると同時に、地域の暮らしに根づいた温浴施設です。
そんな万博おゆばの現場を率いるのが、板金支配人です。
人と話すことが苦手だった青年
板金支配人が温浴業界に入ったのは、ツルカメO&Eに入社した約12年前のことです。
同社は現在、全国で11の温浴施設を運営しています。大阪府内には3施設があり、板金支配人はすでに閉館した施設も含め、大阪の4施設で支配人を務めてきました。
現在では温浴施設の運営を知り尽くした存在ですが、もともとは人前に出ることが苦手だったそうです。
学校を卒業して最初に選んだ仕事は、印刷業でした。そこで数年間働きますが、これからの人生を考えたとき、ひとつの疑問が浮かびました。
このまま人を避けた生き方でいいのだろうか。
印刷会社を辞めてからは、あえて人と接する仕事を選びました。さまざまな店で接客を経験し、人と関わる時間を積み重ねていきます。
ツルカメO&Eへの応募も、これまでとは違った角度から接客を経験したいと考えたことがきっかけでした。最初はアルバイト希望で面接を受けますが、正社員として働かないかと声をかけられます。
人と話すことを避けていた青年が、自ら接客の世界へ踏み出し、今では多くのスタッフと利用者を支える立場になりました。
お客様の横に立って、同じ景色を見る
商品を販売する接客と、温浴施設での接客には違いがあります。
温浴施設は、心と体を癒やすために訪れる場所です。しかし、何を心地よいと感じるのかは、人によって異なります。ある人にとっては気にならないことが、別の人には大きな不満になることもあります。
この仕事で大変なことは何かと尋ねると、板金支配人は、厳しいご意見を申し出た利用者への対応を挙げました。
ただ謝るだけではない。施設側の事情を説明して終わるのでもない。まず、お客様の立場に立って考える。
板金支配人が大切にしているのは、お客様の横に立ち、同じ景色を見ることです。
なぜ不満を感じたのか。その言葉の奥に、どのような思いがあるのか。同じ方向から物事を見ることで、表面に現れた言葉だけでは分からない、不満の本質が見えてきます。
「大抵の厳しいご意見は、きちんと受け止めれば解決します。厳しいご意見が好きなわけではありませんが、苦手ではないですよ」
淡々と話す言葉に、長く現場に立ってきた人の強さがにじみます。
かつて人と話すことを苦手としていた面影は、もう感じられません。
自分の仕事を手放さなければ、人は育たない
板金支配人には、もうひとつの顔があります。
本来の役職はエリアマネージャー。他施設の支配人や社員、パートスタッフを支え、現場を後方からバックアップする立場です。
人を育てるうえで意識しているのは、何でも教えることではなく、実際に「やらせる」ことだといいます。
あれこれ口を出さない。自分がやってきた方法を、そのまま押しつけない。そして、自分の仕事を手放す。
任せる側にとっては、自分で行ったほうが早く、確実に思える場面もあります。それでも手放さなければ、次の人は育ちません。
支配人やスタッフを信じ、自分で考えて行動できる余白をつくる。接客と同じように、ここにも相手の立場に立つ板金支配人の姿勢が表れています。

炭酸泉はサウナと並ぶ施設の顔
万博おゆばにとって、炭酸泉はどのような存在なのでしょうか。
「サウナと並んで、施設の顔です」
露天エリアにある炭酸泉には、絶えず多くの人が集まります。他の湯船が空いていても、炭酸泉だけは多くの利用者でにぎわっていることが珍しくありません。
万博おゆばには、地域の常連客だけでなく、万博記念公園で過ごした帰りに初めて訪れる人も大勢います。コンサートやスポーツ観戦、家族でのお出かけ。その一日の終わりに立ち寄る人の中には、炭酸泉について詳しく知らない人もいるでしょう。
それでも、多くの人が炭酸泉に集まります。
湯船に身を沈めると、肌に細かな泡が付き始めます。強い刺激があるわけではありません。ゆっくりと浸かっているうちに、その心地よさに気づきます。
予備知識がなくても、実際に入れば、その良さが伝わる。
いつも人が入っている光景そのものが、「あのお風呂に入ってみたい」と、新たな人を引き寄せているのかもしれません。人が人を呼ぶ、いわゆる行列効果です。
万博おゆばの炭酸泉は、説明によって選ばれているだけではありません。湯船に集まる人たちの姿が、その魅力を次の人へ伝えています。

プラスを増やす前に、マイナスをなくす
最後に、これから取り組みたいことを尋ねました。
板金支配人から返ってきたのは、新しい設備や華やかなサービスの話ではありませんでした。
「プラスを増やす前に、マイナスをなくす」
万博おゆばでは長い間、下足ロッカーの周辺が狭いという課題を抱えていました。
万博公園周辺では、コンサートやガンバ大阪の試合など、多くの人が集まる催しが開かれます。その帰りには、短い時間に来店客が集中することがあります。
混雑によって、来店してもなかなか館内へ入れない。帰る人も、スムーズに外へ出られない。楽しい一日の最後に立ち寄っても、入り口で不便を感じれば、それが施設全体の印象になってしまいます。
この問題は、利用者の動線を見直すことで、ある程度解消できました。
脱衣所のロッカーやドライヤーの数も同じです。日常的に利用される設備だからこそ、少しの使いにくさが積み重なり、大きな不満につながります。
開業から20年以上がたてば、施設のさまざまな部分に傷みや不便が現れます。それを放置したまま新しいサービスを加えても、利用者の満足度は上がりません。
「マイナスがあれば、いくら掛け算をしてもマイナスです。マイナスは徹底的に塗りつぶす。それを第一の信条にしたいですね」
新しい魅力を加えることより、目の前にある不便を一つずつ取り除く。
目立つ取り組みではないかもしれません。しかし、その積み重ねこそが、施設への信頼をつくります。
同じ景色を見るということ
人と話すことが苦手だった青年は、接客の仕事を選び、一人ひとりの利用者と向き合ってきました。
厳しいご意見を受けたときには、お客様の横に立って同じ景色を見る。人を育てるときには、自分の方法を押しつけず、仕事を手放す。そして施設を運営するときには、新しいものを追う前に、利用者が感じている不便を取り除く。
どれも、相手の立場から現場を見るという点でつながっています。
万博公園で一日を過ごした人が訪れ、地域の常連客がいつものように湯船へ向かう。露天エリアでは、今日も炭酸泉に人が集まっています。
その当たり前の光景を守るために、板金支配人は、まだ残っている小さなマイナスに目を向けています。
国47都道府県・温浴施設支配人インタビュー
炭酸泉を支えているのは、設備だけではなく、そこで働く人たちです。炭酸泉ラボでは、全国47都道府県の温浴施設を訪ね、施設を運営する人の思いや地域とのつながりを紹介しています。
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