「好き」は、仕事になるのか

「好き」は、仕事になるのか─温泉を通じて、人と向き合うということ─

─温泉を通じて、人と向き合うということ─

温泉がつないだ「人との時間」

温泉好きの青年が選んだ仕事は、温浴施設を運営する会社だった。
新卒で株式会社ツルカメO&Eに入社した前平拓也さんは、今年で13年目を迎える。

子どものころから温泉が好きだった。
とはいえ、泉質に詳しい温泉マニアではない。記憶に残っているのは、祖母と出かけた時間や、友人と出かけて過ごした何気ないひとときだ。

「楽しかった、という思い出が強いんです」

その言葉から伝わってくるのは、温泉そのものよりも、そこに流れていた“人との時間”への愛着だった。

地域を支える「指定管理」という仕事

株式会社ツルカメO&Eは、関西と北陸、中国、九州で11の温浴施設を運営している。
直営施設だけでなく、自治体が所有する施設の運営を任される「指定管理」という形でも事業を展開している。

指定管理とは、公営施設の運営を民間企業が担う仕組みだ。
地域にとって必要な施設を、専門的なノウハウを持つ運営会社が引き継ぎ、維持していく。

コロナ以降、同社がこの分野に力を入れているのは、ひとつの理由がある。
地域のコミュニティの場を、なくさないためだ。設立から20年以上が経過した施設は、設備の老朽化や運営力の不足によって、継続が難しくなることが少なくない。
そうした場所を、温浴のプロとして再生していく。それが、この会社の役割の一つである。

現場で起きる葛藤と決断

ただ、その現場は決して平坦ではない。
運営会社が変わるということは、それまでのやり方を見直す必要があるということでもある。

しかし、現場で働く人たちは、そのまま引き継がれるケースがほとんどだ。

「これまでのやり方を変えてもらわないといけない場面が多いんです」

新しいやり方を提示しても、すぐに受け入れてもらえるとは限らない。
時には反発が生まれ、衝突が起きることもある。

理解してもらえないまま、現場を離れてもらう判断をしなければならないこともある。
その決断は重く、簡単なものではない。それでも前平さんは、迷いながらも前を向く。
より良い店をつくること。
会社の理念を現場で体現すること。

それが、自分の仕事だと信じているからだ。

「フレンドリーであれ」という理念

その理念のひとつが、「フレンドリーであれ」という考え方だ。
お客様との距離を縮める。

ただし、それは単なる“なれなれしさ”ではない。
スタッフはお客様の下僕(げぼく)ではないし、依怙贔屓(えこひいき)もあってはならない。

近さと節度。その線引きは、思っている以上に難しい。

現場では、その感覚を一人ひとりが考え続ける必要がある。
店舗の責任者として、その感覚は絶えず共有するようにしていた。だからこそ、前平さん自身もしばし自店の湯船に浸かる。
仕事終わりに、お客様と同じ空間で時間を過ごす。
そこで交わされる会話の中に、答えがあると考えている。

「やっと専任できます」という言葉

この春から、前平さんは兼務していたエリアマネージャーから、店舗開発の責任者として専任することとなった。

そのときの言葉が印象的だ。

「やっと専任できます」

現場で積み上げてきた経験をもとに、
地域に必要とされる施設を、自らの手で再生していく。経営が不安定で、本来の役割を果たせていない施設を、もう一度、地域の中心へと戻す。
その最前線に立つ覚悟が、「やっと」の一言に込められていた。

炭酸泉という「絶対条件」

その思想は、炭酸泉という設備にも表れている。

「炭酸泉は、なくてはならないものだと思っています」

13年の経験から出てきた言葉だ。

実際、同社の施設で行ったアンケートでは、浴槽の中で最も利用される設備として、炭酸泉が圧倒的な支持を集めた。
それは、シンボルでもある天然温泉の露天風呂を上回る結果だった。

しかも、その炭酸泉は三人ほどでいっぱいになる小さな浴槽だったという。
常に人待ちができるその場所は、後に拡張されることになる。

導入の壁とコストの現実

ただし、現実は単純ではない。
現在、11施設のうち炭酸泉を導入しているのは6施設にとどまっている。

前平さん自身、これを課題のひとつと捉えている。

背景には、さまざまな条件がある。
構造的な問題や契約上の制約である。

その中でも大きいのが、ランニングコストの問題だ。
炭酸泉は魅力的な設備である一方、運用にはコストがかかる。

光熱費の高騰が続く中、その負担は無視できない。

設備改善がもたらした変化

その課題に対して、ひとつの可能性を示したのが設備の見直しだった。

同社では、数年前に炭酸泉装置をVEETA社の機器へと切り替えている。
インバータ機能により、必要以上の炭酸ガスを使わない仕組みで、従来の約50%を割る燃費に抑えることができた。

「最初は、実験的な導入だったんですが、結果的に助かっています」

これを受けて、設置店全店の装置の切り替えを行った。
想定していなかった社会情勢の変化の中で、その判断は大きな意味を持った。だからこそ今、全施設への展開も視野に入れている。
炭酸泉を“絶対条件”と考えるからこそ、その実現方法も模索し続けている。

現場で感じた「一言の重み」

仕事終わり、炭酸泉に浸かっていたときのこと。
隣にいた常連のお客様が、嬉しそうに声をかけてきた。

「見てみ」

そう言って見せてくれたのは、湯に浸かって赤くなった肌と、そうでない部分の違いだった。

「これが効くんや」

その一言に、すべてが詰まっているように感じたという。

温泉の本質は「誰と過ごすか」

温泉が好きだった青年は、いま、会社の中核として人と向き合う仕事をしている。

その中心にあるのは、設備でも、効能でもない。
誰と、どんな時間を過ごすかということだ。

炭酸泉もまた、そのためのひとつの“場”に過ぎない。

今日もどこかで、湯に浸かりながら、誰かが誰かと時間を共有している。

ツルカメO&E株式会社
URL:https://tsurukame-oe.co.jp/
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