岡山「大家族の湯」の支配人が、子どもたちに残したい思い出

かつて反発した街で、本当の自分を見つける

「この街に生まれ、この街で育ちました。でも、若い頃は岡山が好きではなかったんです」

岡山市北区久米にある「おゆば 大家族の湯」開業から15年目を迎えるこの施設で支配人を務める西田さんは、岡山生まれの岡山育ちです。

ところが、若い頃の西田さんにとって、岡山はどこか物足りない街でした。専門学校を卒業すると、北海道の札幌に住む知人に誘われて岡山を離れました。

それから時を経て岡山に戻り、好きではなかった街で人を癒やし、家族の思い出をつくる仕事をしています。

500台の駐車場が支える「地域のお風呂」

大家族の湯は、岡山市と倉敷市を結ぶ県道162号、通称「旧2号線」の近くにあります。岡山西バイパスからもアクセスしやすく、利用者の大半を占めるのは地域の人たちです。

一方、約500台を収容できる広い駐車場が施設の役割を大きく広げています。トラック運転手が休息のために立ち寄るほか、大型バスを使ったツアーや各種企画の休憩場所として利用されることもあります。この夏には、約500人のボーイスカウトを受け入れました。

地域の人が日常的に通うお風呂でありながら、遠方から訪れる人や大規模な団体も受け止める。この二つの顔を支えているのが施設の規模と広い駐車場です。

岡山の人について、西田さんは「少し気の強い人が多いかもしれませんね」と笑います。初めは慎重でも自分の考えをしっかり持ち、仲間と認めた相手とのつながりを大切にする。そんな気の強さと情の深さを表した言葉のようです。

北海道で過ごした青春と、岡山への帰郷

ファッションが好きだった西田さんは、専門学校を卒業後、大手アパレル会社に就職し札幌へ赴任しました。岡山とは異なる都会の空気と、北の土地ならではの開放感。その環境は、若い西田さんにとって魅力的でした。

その後、知人が営む古着店に移り、好きな服に囲まれて働きながら北海道での生活を楽しみます。

しかし、次第に親や実家のことが気にかかるようになりました。

「いつまでも、このままでいいのだろうか」

そう考えた西田さんは、離れたかったはずの岡山へ戻ることを決めます。温泉や銭湯が特別に好きだったわけではありません。知人の紹介で、温浴施設の求人があるとすすめられ、面接を受けたことがこの仕事との出会いでした。

それから約8年。西田さんは地元の人たちを癒やす温浴施設の支配人として、チームを率いています。

アパレルと温浴施設に共通するもの

一見すると、アパレルと温浴施設はまったく異なる仕事に見えます。しかし、西田さんはそこに共通点を見つけました。

服を販売するときは、相手の好みを会話から引き出し、押しつけにならないように提案する。気に入ってもらえれば、再び店を訪れてくれるようになります。

温浴施設も同じでした。

お客様はそれぞれ異なる目的を持って訪れ、思い思いに時間を過ごします。常連客も多く何げない会話や日々の接客が、施設への安心感につながります。アパレルの世界で培ったコミュニケーションの力は、温浴施設でも生きていました。

お客様の日常を演出する仕事。

西田さんは次第にこの仕事の面白さに引かれていきます。

救えなかった命と、ご家族の言葉

支配人となった西田さんには、いまも忘れられない出来事があります。

入浴中一人の高齢男性が突然、体調を崩しました。すぐに救急隊を呼び、スタッフも懸命に対応しましたが残念ながら男性は亡くなりました。

救えなかったことは、西田さんの胸に重く残ります。

後日、男性のご家族が施設を訪ねてきました。そこで伝えられたのは、責める言葉ではなく感謝の言葉でした。

男性はお風呂が好きで、この施設に通うことを何よりも楽しみにしていたそうです。大好きな場所で倒れ、スタッフや周囲の人に見守られて旅立てたことは、ある意味では幸せだったのかもしれない。ご家族は、そう話してくれました。

日本では、家庭や居住施設の浴槽内で亡くなる高齢者が年間約6,000人に上ります。心筋梗塞や脳卒中なども含めた入浴関連死については年間約1万9,000人に達するとの推計もあります。

温浴施設では周囲の目があり、異変を早く発見して救急対応に入れるため、救える命もあります。それでもすべての命を救えるわけではありません。

癒やしの場を預かることは人の命を預かることでもある。その責任を、西田さんはこの出来事から深く心に刻みました。

「この会社には、偉い人が一人もいない」

西田さんが仕事を続けてこられた理由を尋ねると、迷いのない答えが返ってきました。

「恵まれていたんです。仲間に、会社に、この環境に」

施設には、開業当初から働き続けているスタッフも大勢います。そのなかには自分より長く現場を知る人たちに信頼してもらい、安心して働いてもらうことも、支配人としての大切な役割です。

さらに西田さんは、会社について印象的な言葉を口にしました。

「この会社には、偉い人が一人もいないんです」

上司も役員も社長も、立場を振りかざさず、気さくでざっくばらん。役職や勤続年数にかかわらず、お客様に癒やしの場所を届けるという同じ目的に向かっているといいます。

誰も偉くない。だからこそ、誰もが大切な仲間になれる。

「僕はこの会社が好きです。ここにいる仲間が好きで、ここで働くことが好きなんです」

”温浴施設で働きたい!”という明確な意思を持たずに始めた仕事でした・・・

西田さんの言葉からは、これほど長く、楽しみながら続けているイナの自分を最も不思議に感じ、おもしろがっているように感じます。

健康を求める人に欠かせない炭酸泉

大家族の湯にとって、炭酸泉はどのような存在なのか。西田さんは「なくてはならない設備です」と答えます。

施設には50代以上の常連客も多く、健康を意識する世代から、ぬるめのお湯にゆっくり浸かって温まれる炭酸泉が支持されています。

「ここに来れば、あのシュワシュワしたお風呂に入れる。そう思ってもらえるように、もっと炭酸泉の魅力を伝えていきたいです」

岡山は他府県と比べて温浴施設同士の競争が穏やかで、炭酸泉を備えた施設もまだ多くありません。だからこそ、地域の健康を支える設備として、炭酸泉の存在をさらに育てていきたいと考えています。

この街を、子どもたちが好きになれる場所へ

かつては岡山を面白くない街だと感じていた西田さん。しかし、いまはこの街で家庭を持ち、子どもを育てています。

そんな西田さんには、一つの願いがあります。

この街で育つ子どもたちに、自分と同じような思いをしてほしくない。家族と過ごす何げない一日がいつか振り返ったとき、きらきらとした思い出になるような場所をつくりたい。

そのために、500台ある駐車場の一部を子どもたちが遊べる場所に変える構想や施設の名物となる祭りも考えています。まだ構想の段階ですが、会社に提案し、実現へ向けて動き出すつもりです。

「子どもたちは大切ですよ。彼らの目が輝くような街にしたいんです」

そう話す西田さんの目もまた、子どものように輝いていました。

好きではなかった街を離れ、再び戻ってきた西田さん。いま、その場所で家族を持ち、仲間と働き、地域の人たちを見守っています。

大家族の湯から生まれる小さな思い出が、いつか子どもたちにとって、この街を好きになる理由の一つになるのかもしれません。

子どもたちがこの街を嫌いにならないよう、日々できることに取り組んでいる。その姿もまた、きらきらと輝いています。

全国47都道府県・温浴施設支配人インタビュー

炭酸泉を支えているのは設備だけではなく、そこで働く人たちです。炭酸泉ラボでは全国47都道府県の温浴施設を訪ね、施設を運営する人の思いや地域とのつながりを紹介しています。

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