38℃の炭酸泉は、なぜ心地よいのか。「陰陽説」から考える体の温め方

東洋医学から考える体の温め方
38℃のお湯は、熱いお風呂が好きな人には少し物足りないかもしれない。ところが高濃度人工炭酸泉では、ぬるめの湯につかりながら、じんわりと温かさを感じることがある。湯温の数字から想像する入り心地と、実際の感覚に違いがあるのだ。
炭酸泉ラボでは、炭酸泉を提供する施設の支配人や、装置を手がける人たちに話を聞いてきた。その取材で出会うのが、ぬるめの温度を大切にする姿勢である。
私は現在、鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師の国家資格取得を目指し、東洋医学を学んでいる。温浴の仕事で向き合ってきた炭酸泉を、授業で学ぶ体の見方に重ねると、その温度へのこだわりが理解できる。。
温める強さより、体との釣り合いを考える
東洋医学の基本に、陰陽という考え方がある。温かさや活動を「陽」、冷たさや静けさを「陰」としてとらえ、両者の調和を大切にする。
冷えた体に温かさを与えることは、その調和を助ける方向に働く。ただし、陽を増やし続ければよいわけではない。必要な温かさは、その人の状態によって変わる。十分に温まったあとも熱を加え続ければ、心地よさが失われることもある。
東洋医学には、不足したものを補い、過剰なものや滞りを取り除く「補瀉」という考え方もある。これも、刺激を強くするほどよいという発想ではない。何が足りず、何が行き過ぎているのかを見て、整え方を考える。
入浴を養生、つまり日々の健康を支える習慣として見ると、この視点は役に立つ。冷えているときに穏やかな温かさを取り入れ、体が落ち着くところで休む。38℃前後の炭酸泉には、そうした入り方を考える余地がある。
もっとも、入浴で温まることと、鍼灸で不足した働きを補うことは同じではない。炭酸泉で陰陽が整うと証明されたわけでもない。ここでは、東洋医学の考え方を手がかりに、炭酸泉のよさを見直している。

「風の森」が36.8℃を守る理由
富山県小矢部市の「風の森」では、炭酸泉の設定温度は36.8℃を基本としている。前川支配人は、低い温度でも利用者の満足度が高く、じっくり炭酸泉を楽しんでもらうため、この温度にこだわっていると話す。
取材で印象に残ったのは、.
温度計の数字だけを見ているわけではないことだ。浴槽を巡回しながら、利用者が肩まで湯につかっているか、半身浴になっているかにも目を配る。静かに肩までつかっている姿から、湯の心地よさを読み取っているという。
36.8℃という細かな数字には、施設を運営する人の判断がある。利用者がどう感じ、どう過ごしているかを確かめながら、炭酸泉に合う入り心地を保っている。
この話を聞くと、温めるという行為には、温度を上げるほかにも工夫があると気づく。湯に身を委ねていられる心地よさも、日常のお風呂には大切だ。

京都府京田辺市の「SPA&HOTEL水春 松井山手」で総支配人を務める丸山さんも、炭酸泉を施設に欠かせないものと考えている。温泉利用指導者の資格を持ち、温泉と健康の関係を学んできた人だ。
天然温泉も提供する同施設で、丸山総支配人は「炭酸泉は本当に大切なアイテムです」と語っている。岩盤浴のパフォーマンス中にも、利用者へ炭酸泉の入り方を伝えるという。湯船を用意するだけでなく、どう利用してもらうかまで考えているところに、施設としての姿勢が表れている。

ぬるめの湯を支える、溶け込んだ炭酸ガス
炭酸泉の温まり方を考えるうえで、湯温とともに見ておきたいのが、お湯に溶け込んだ炭酸ガスである。
炭酸ガスが皮膚から取り込まれると、皮膚の血管が広がり、血流が増える。38℃で脚を湯につけた研究でも、同じ温度のさら湯と比べ、炭酸泉では皮膚の血流が大きく増えた。熱い湯にしなくても、炭酸による血流の変化が起こることは確かめられている。
※『日本温泉気候物理医学会雑誌』2007年、70巻3号
その入り心地を支えるのが、炭酸ガスをお湯に溶かす技術だ。
施設が湯温や入り心地を大切にするように、炭酸泉をつくる装置メーカーにもこだわりがある。ヴィータ販売株式会社の馬場氏が追い求めるのは、炭酸ガスの溶解効率を高め、上質な炭酸泉をつくることだという。
「きめ細かな泡が肌を優しく包む。こうした状態が、炭酸ガスのしっかり溶け込んだ上質な炭酸泉です」
その感触を、絹ごし豆腐のなめらかな舌触りにたとえる。湯につかると細かな泡が肌にまとわりつき、絹を思わせる入り心地になる。これを「シルキー炭酸泉」と呼び、理想としている。
湯づくりへのこだわりは強い。「シルキー炭酸泉」を支えるのが、独自の「トリプル溶解法」である。炭酸ガスを効率よくお湯に溶かし、余分なガスを浴槽へ流さず、必要な濃度を保つことを大切にしている。
この技術は、ガスの無駄を減らし、施設の日々のガス代を抑えることにもつながる。心地よい炭酸泉を、無駄なくつくる。湯の質を追求しながら、施設が無理なく提供し続けられる仕組みも目指している。
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温まる時間に、休む時間を重ねる
東洋医学を学んでいて、炭酸泉の入り方にもう一つ重なると感じるのが、活動と休息の関係だ。
仕事や家事、勉強が続くと、体だけでなく頭も働き続ける。湯につかる時間は、その動きをいったん止める機会になる。何かを片づけなくてもよい時間を、生活の中に持つことができる。
陰陽の考え方に重ねれば、温かさには陽の側面があり、静かに休むことには陰の側面がある。炭酸泉で穏やかな温かさを感じながら過ごす時間には、その両方が含まれる。私はここに、養生としての入浴の意味を感じている。
もちろん、38℃が誰にとっても最適な温度とは限らない。季節や体調で感じ方は変わり、ぬるめだからと長く入り続ければよいわけでもない。入っているときの心地よさに加え、出たあとに疲れていないかにも目を向けたい。
前川支配人が利用者の姿を見て湯温を確かめるように、入浴する私たちも、自分の体の反応を確かめることができる。湯温の表示を見て「ぬるい」と判断する前に、その炭酸泉でどう過ごせるかを感じてみる。
施設が守る温度、装置が支える炭酸の溶解、そして湯につかる人の体調。38℃前後の炭酸泉を養生として考えるとき、その三つを一緒に見ていきたい。