高濃度人工炭酸泉を選ぶアスリートたち


かつて私が運営サポートをしていた静岡のスーパー銭湯には、よく清水エスパルスの選手がやってきて、炭酸泉に浸かっている光景を見ました。もともと勤めていた大阪の温浴施設では、ガンバ大阪の選手もよく利用していただいていました。
趣味としてマラソンを楽しんでいた頃は、各地の大会会場の近くのスーパー銭湯でマラソン大会の前日にトップランナーを炭酸泉の湯船で見かけることも珍しくありませんでした。考えられないスピードで走る選手の体は全身がバネのように鍛えられており、“こりゃぜったい敵わない!”と思ったものです。
アスリートたちは、なぜ数ある温浴法の中で炭酸泉を選ぶのでしょうか。
その理由は、このお湯のもつ力による「静かな回復」に大きな意味があるからです。
ゆったりとした時間が、疲労をリセットする
実際に施設を訪れるアスリートたちは、炭酸泉にゆっくりと、少し長めに浸かっているのが印象的です。風呂上がりに脱衣場で軽くストレッチをしている姿を見ることもあります。
ある時、複数のエスパルスの選手が一緒にやってきて炭酸泉に入浴していたのですが、やがて、サウナに移動してゆきました。その中で、
“俺、苦手だから!”と言って一人だけ炭酸泉に残る人がいました。
仕事上がりで同じ浴槽にたまたま浸かっていた私は、彼に声をかけてみました。
“熱いのはダメですか?(笑)”
すると彼も笑顔で
“ええ、あんなのは、絶対に信じられません。このくらいのぬるめのお湯にじっくり浸かるのが絶対気持ちいいですよ!」
と答えてくれました。実は、サッカーについてはそれほど詳しくないのですが、なんだか彼のファンになりました。
高濃度人工炭酸泉の仕組みと効果
高濃度人工炭酸泉とは、1リットルの湯に1,000ppm以上の二酸化炭素(CO₂)が溶け込んだお湯のことです。このCO₂は皮膚から吸収され、毛細血管を広げて血流を促進する働きがあるとされています。
日本温泉気候物理医学会による報告では、炭酸泉入浴により体温と血流量が有意に上昇したとする臨床結果もあります(※1)。
また、炭酸泉の温度はおおむね37〜38℃とぬるめです。
この温度帯は副交感神経(身体を休める神経)を優位にするため、リラックスしながら長く浸かることができ、心身の回復を促すのです。
高濃度人工炭酸泉は、実際にプロスポーツの現場でも導入が進んでいます。
たとえば、Jリーグの複数のクラブチームでは、クラブハウスや選手寮に炭酸泉設備を設置しており、練習後の疲労回復やクールダウンの一環として活用されているようです。
以下は、導入例として報道されている実例です
また、長距離マラソンの大会に参加するランナーたちが、開催地近くの炭酸泉施設を毎年訪れるという証言もあります。
「ここに来ると足の重さが抜ける」と話す姿は、もはや“回復のルーティン”として炭酸泉が生活に組み込まれていることを示しているでしょう。
医師やトレーナーによる専門的な視点
スポーツ医学の専門家も、炭酸泉の有効性に注目しているようです。
日本体育協会認定のスポーツドクターである村上浩文医師は、次のように述べています。
「高濃度炭酸泉は、血行促進により筋肉疲労の回復が早まりやすいとされています。また、ぬるめの湯温によって心拍数への負担が少なく、高齢者や女性アスリートにも適しています」(※2)
さらに、プロスポーツチームで活動するトレーナーも、こう語ります。
「サウナは発汗作用が強く即効性がありますが、体力が落ちている選手には刺激が強すぎる場合もあります。炭酸泉は“じわじわと効く”タイプの温浴で、リカバリーの質を底上げする役割を担います」(※3)
※2:インタビュー記事「スポーツと温泉回復の相性とは?」(スポーツ報知 2021年9月)
※3:雑誌『Tarzan』特集「疲労回復の新常識」(マガジンハウス 2022年6月号)
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私たちの暮らしにも取り入れられる“静かな回復”
高濃度人工炭酸泉の効果は、プロアスリートに限ったものではありません。
日々の運動習慣や仕事による疲労、睡眠の質の改善を求める一般の人々にも、炭酸泉は非常に有効です。
最近では、都市部のスーパー銭湯やスポーツジムでも炭酸泉が導入されており、以前に比べて身近に利用できる環境が整ってきています。
「がんばる前に整える」あるいは「がんばった後に緩める」という考え方の中で、炭酸泉は非常に効果的な“セルフケアの選択肢”となるでしょう。
選手たちの選択が教えてくれること
プロのアスリートたちは、毎日のトレーニングや試合の中で、自分の身体と誠実に向き合っています。
その中で、刺激の強い方法だけでなく、「静かに、確実に疲労を取り除く手段」として高濃度人工炭酸泉を選んでいるのです。
ぬるめのお湯にじっくりと浸かる。彼らの選択は私たちにも多くの気づきを与えてくれます。
強い身体を作るために、まず緩める。それは、誰にとっても大切なセルフマネジメントの第一歩ではないでしょうか。
ぜひ、お近くの施設で炭酸さんを体験してみてください。
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