日本の天然炭酸泉:歴史・定義・希少性、そして湯の奥に宿る癒しの物語

日本の天然炭酸泉は、数ある温泉の中でも特に希少で繊細な泉質とされ、古来から多くの人に愛されてきた“泡の湯”です。温泉で感じる癒しの背景には、この貴重な炭酸泉がもたらす自然のちからが息づいています。
なぜ天然炭酸泉はそんなにも珍しく、価値のある存在なのでしょうか。
日本には約三千の温泉地と、二万七千以上の源泉が存在します。いわば“温泉大国”です。しかし、その中で温泉法が定める炭酸泉(250ppm)に該当するものは、全体のたった0.5%、約百か所しか確認されていません。
それほど少ない理由は、炭酸ガス(二酸化炭素)が水に溶け込んだ状態を保つには、特別な地質環境と比較的低めの温度(25〜40℃前後)が必要だからです。
たとえば炭酸飲料を思い浮かべてみてください。缶やびんのフタを開けた直後は泡がたくさんありますが、時間がたつと抜けてしまいますね?
これは、炭酸ガスが温度や圧力の変化によって外に逃げる性質を持っているからです。温泉も同じで、日本の多くの温泉は火山地帯にあり高温で湧出するため、炭酸ガスが水にとどまることが難しく、炭酸泉にはなりにくいのです。
たとえば炭酸水をプールいっぱいに注いで温めたとき、いつまで“しゅわしゅわ”が持続するかを考えてみると、その難しさがよくわかります。
つまり、日本の地質と温泉環境において天然の炭酸泉が成立すること自体が、非常に奇跡的なのです。
条件を超える温泉法上の炭酸泉、そして“基準を超えなくても”素晴らしい名泉たち
大分県の長湯温泉は、世界的にも知られる高濃度炭酸泉です。泉源によっては1000ppmを超える二酸化炭素を含んでおり、湯の表面にきらめく泡は見た目にも美しく、体にまとわりつくように作用します。「飲めて・浸かれて・効く」という三拍子が揃った代表的な炭酸泉です。
温泉法で炭酸泉と認められる基準は250ppmですが、それを満たす温泉が全国でもわずか0.5%しかない中、1000ppmを超える天然温泉はまさに“希少な逸品”と言えるでしょう。
いっぽうで、炭酸泉として知られていながらも、島根県の三瓶温泉や高知県の吾北温泉、山形県の小野川温泉などでは、泉源によっては、炭酸ガスの含有量が基準に届かないこともあります。
それでも、泡のつく湯、飲泉による“しゅわっ”とした刺激、そして地元に根づいた温泉文化が、炭酸泉ならではの魅力を感じさせてくれます。
筆者の個人的な感想ですが、小野川温泉ではやや熱めのお湯にもかかわらず、「炭酸泉のような泡の感覚」がしっかりとあり、“隠れ炭酸泉”として長く愛されている理由がよくわかります。
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全国的に有名でも、認知度が低い炭酸泉
温泉界で「東の横綱」が群馬県の草津温泉なら、「西の横綱」は兵庫県の有馬温泉だと言われます。
有馬温泉には「金泉(鉄と塩分を多く含む赤茶色の湯)」と、「銀泉(無色透明の湯)」という二種の泉質があり、この銀泉はさらにラドン泉と炭酸泉に分類されます。
この炭酸泉(炭酸泉源)のお湯は、意外にもあまり知られていません。それにもかかわらず、温泉地では「炭酸せんべい」が名物として圧倒的に有名で、街のあちこちで実演販売が行われています。
金泉の見た目のインパクトが強いため、銀泉はやや脇役の印象を受けますが、金泉と二種類の銀泉(炭酸系・放射能系)が楽しめる温泉地として、有馬はまさに“西の横綱”の名にふさわしい場所だと言えるでしょう。
孤高の炭酸泉
炭酸泉のもう一つの特徴は、全国に点在しており、必ずしも温泉郷のようにまとまって存在しているわけではないことです。まるで突然変異のように、ぽつんと現れます。
たとえば、和歌山県和歌山市郊外にある花山温泉は、県全体でも珍しい炭酸泉です。周囲に類似の泉質はなく、まさに“点”として存在しています。
しかしその泉質は優秀で、しっかりと炭酸ガスが溶け込み、鉄分との結合によって赤く酸化した湯は、皮膚に作用し血行促進をもたらします。独特のにおいと味があり、温泉愛好家の間では高く評価されています。
孤高の炭酸泉が旅の目的になる理由
たとえば福島県の大塩温泉。只見川のほとりにひっそりと湧き、全国屈指の炭酸濃度を誇る名湯です。
また、前述の花山温泉は都市部に位置しながら、赤茶色の濃厚な鉄炭酸泉が地下から湧出し続けています。
さらに、鹿児島県の湯川内温泉では山奥の冷泉に浸かると、体に細かい泡が付き、“湯の呼吸”とでも言いたくなるような体験ができます。
これらの温泉の多くは、周囲に類似の泉質がなく、その土地の文化と共に受け継がれてきました。ぬる湯や冷泉が多く、泡付きと穏やかな温熱効果が特徴です。
国内に点在する「孤高の炭酸泉」一覧
地域 | 泉名 | 所在地 | 泉質 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
東北 | 大塩温泉 | 福島県 喜多方市 |
含二酸化炭素-ナトリウム-塩化物泉 | 東北随一の炭酸冷泉。 泡付き良好、飲泉可能。 |
関東 | 川場温泉 いこいの湯 |
群馬県 川場村 |
含二酸化炭素冷鉱泉 | 山間の冷泉。 微炭酸で静かな名湯。 |
甲信越 | 鹿教湯温泉 文殊の湯 |
長野県 上田市 |
含二酸化炭素-炭酸水素塩泉 | 湯治文化の中心。 単独源泉で炭酸感あり。 |
中部 | 池田温泉 (旧湯) |
岐阜県 池田町 |
含二酸化炭素冷鉱泉 | 美肌の湯としても知られる弱炭酸泉。 |
近畿 | 吉川温泉 よかたん |
兵庫県 三木市 |
含二酸化炭素-炭酸水素塩泉 | 泡付き良好。飲泉可。 地元に愛される湯。 |
近畿 | 有馬温泉 (炭酸泉源) |
兵庫県 神戸市 |
含二酸化炭素冷鉱泉 | 有馬の銀泉の一部。 炭酸せんべいの起源。 |
近畿 | 花山温泉 | 和歌山県 和歌山市 |
含二酸化炭素-鉄泉 | 赤褐色の炭酸鉄泉。 都市近郊の名泉。 |
中国 | 三瓶温泉 | 島根県 大田市 |
含二酸化炭素泉(源泉による) | 泡付きあり。 古くから湯治の地として親しまれる。 |
九州 | 長湯温泉 | 大分県 竹田市 |
含二酸化炭素-マグネシウム-ナトリウム-炭酸水素塩泉 | 日本・世界有数の高濃度炭酸泉。 飲泉・湯治に最適。 |
九州 | 七里田温泉 (下湯) |
大分県 竹田市 |
含二酸化炭素冷鉱泉 | 泡付き最強の“ラムネ湯”。 冷泉として名高い。 |
九州 | 湯川内温泉 | 鹿児島県 薩摩川内市 |
含二酸化炭素冷鉱泉 | 一軒宿の秘湯。 泡付き抜群、ぬる湯の極地。 |
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