炭酸ガス泉と炭酸水素塩泉は何が違うのか?

― pHと“炭酸のかたち”から読み解く本当の話
「炭酸」と名のつく温泉は、日本全国に数多く存在します。
炭酸ガス泉、炭酸水素塩泉、重曹泉。
しかし実際には、
- 何が溶けているのか
- どう違うのか
- なぜpHが関係するのか
を明確に説明できる人は多くありません。
この問題について、前回同様、炭酸装置メーカー『ヴィータ販売』の馬場社長に、あらためて基本から解説していただきました。
結論から言えば、「同じ“炭酸”でも、水の中での“存在のかたち”がまったく違う」
ということだそうです。

まず押さえるべき結論を教えてください
炭酸ガス泉は、
👉 二酸化炭素(CO₂)が“ガス分子のまま”水に溶けている状態。炭酸水素塩泉は、
👉 炭酸が化学反応を起こし、“炭酸水素イオン(HCO₃⁻)”として存在している状態。同じ炭酸でも、「姿」が異なります。
イオンとは何か?まずここを理解する
多くの方がつまずくのが、「イオン」という言葉かもしれません。
「イオンとは、電気を帯びた粒のことです。」たとえば、食塩を水に入れると溶けます。
これは塩が消えるのではなく、NaCl → Na⁺ + Cl⁻
というように、プラスとマイナスの粒に分かれて水の中を漂う状態になります。
この“電気を帯びた粒”がイオンです。
では、炭酸水素塩泉では何が起きているのでしょうか。水の中に溶けた炭酸は、pHが高い環境では
👉 HCO₃⁻(炭酸水素イオン)
という形になります。目に見えない小さな電気を帯びた粒が、水の中に多数存在している状態なのです。
ちなみに、イオンは「塩」と表現します。
だから、炭酸水素塩泉は、炭酸水素イオン泉のことになります。
イオン濃度が高いとはどういうことか
では、炭酸イオンの濃度はどのように表現されるのでしょうか。
炭酸水素塩泉で「1500mg/kg」と書かれている場合、
それは、👉 水1kgの中に1.5gの炭酸水素イオンが溶けている
という意味です。水は透明で、泡も出ません。
しかしその中には、目には見えない“電気を帯びた粒”が大量に存在しています。
それが「イオン濃度が高い」という状態です。イメージとしては、透明な水の中に目に見えない微細な粒がびっしり浮かんでいる、と考えると理解しやすいでしょう。
ただし勘違いしないでくださいね、それは炭酸ガスの泡ではないですよ、イオンの粒は目には見えないですからね。

「1000ppm」の意味の違い
人工炭酸泉では「1000ppm」という表現を使います。先ほどの炭酸水素塩泉の「1500mg/kg」と同じ意味ですか。
はい、考え方は同じです。ppm(parts per million)は「100万分のいくつか」という意味です。
1 mg / 1 kg = 1 ppm ですから、1kgの水に1g(=1000mg)の炭酸ガスが溶け込んでいれば1000ppmということになります。
ただし、同じ“1000ppm”でも、「炭酸ガス」と「炭酸水素イオン」とでは、測定している対象が異なります。ここを混同すると、理解が大きくずれます。
※ppmは濃度の表現、mg/kgは重量比の表記です。
※ppmは主に固体中の成分量(食品中の残留農薬、土壌中の金属量など)に用いられる例が多く、液体では比重によって誤差が生じます。そのため、比重が1である水(湯)に溶け込んでいる場合が基準となります。
血管拡張作用は同じなのか?
炭酸ガス泉では、CO₂が皮膚から拡散し、血管拡張が起こると説明されますよね。
CO₂分子は小さく、皮膚を通過しやすい性質があります。その結果、局所の二酸化炭素濃度が上がり、血管が拡張する方向に働くと考えられています。
では、炭酸水素塩泉ではどうでしょうか。
炭酸水素イオンは電気を帯びています。
CO₂分子のように簡単には皮膚を通過しません。つまり、👉 炭酸ガス泉と同じメカニズムでは作用しません。
炭酸水素塩泉は、
- 皮脂を落とす
- 角質を柔らかくする
- 肌をなめらかにする
といった、皮膚表面への作用が中心になります。

pHが炭酸の姿を決める
ではなぜ、炭酸がガスになったりイオンになったりするのでしょうか。
それを決めるのが「pH」です。
pHとは、酸性かアルカリ性かを示す指標。
- pH7 → 中性
- pH7より低い → 酸性
- pH7より高い → アルカリ性
炭酸は水中で次のように変化します。
CO₂ ⇄ 炭酸 ⇄ 炭酸水素イオン ⇄ 炭酸イオン
pHが低い(酸性寄り)ほどCO₂のまま存在しやすく、
pHが高い(アルカリ性寄り)ほど炭酸水素イオンに変わります。つまり、炭酸ガス泉は弱酸性寄り、
炭酸水素塩泉はアルカリ性寄りになります。
重曹泉との関係
「美人の湯」と呼ばれる重曹泉は、先ほど社長が説明された炭酸水素塩泉で期待される効能とよく似ていますね。
ええ、重曹泉とは「ナトリウム炭酸水素塩」が多い温泉のことです。つまり炭酸水素塩泉の一種で、特徴はアルカリ性にあります。アルカリ性のお湯は皮脂を乳化しやすい。
「美人の湯」と呼ばれる理由は、そこにあります。しかし、血流系の炭酸ガス泉とは、方向性が違うのです。
アルカリ泉に炭酸ガスを入れるとどうなるか
もう一つ重要な疑問があります。
以前、弱アルカリ性の温泉を提供する施設から、
「うちの温泉は炭酸水素塩泉(イオン)だが、炭酸ガスを追加すれば高濃度炭酸泉になるのか?」
という質問を受けたことがあります。ここまでの説明で、炭酸ガスと炭酸水素イオンがまったく異なる存在であることは理解できました。
では、アルカリ性のお湯に炭酸ガスを1000ppm溶かすとどうなるのでしょうか。
アルカリは中和されます。pHは下がります。
炭酸ガスは弱酸性です。アルカリ性のお湯に溶かすと中和反応が起こります。十分な量を溶かせば、
👉 弱酸性寄りに近づきます。つまり、強いアルカリ性のまま高濃度炭酸ガス泉を保つのは難しいということです。アルカリ泉と高濃度炭酸ガス泉は、化学的に引っ張り合う関係にあります。
最後に大切なこと
馬場社長は最後にこう締めくくりました。
炭酸ガス泉は、CO₂分子が溶けている弱酸性の湯。
炭酸水素塩泉・重曹泉は、HCO₃⁻というイオンが溶けているアルカリ性の湯
“炭酸”という言葉に惑わされないことでしょう。何が溶けているのか。どの形で存在しているのか。
そこを理解することが大切です。
まとめ
同じ「炭酸」でも、成分の形も、pHも、作用の方向も異なります。
数字だけでは判断できない―その理由がよく分かりました。
炭酸の“かたち”を知ること。
それが、炭酸泉を正しく理解する第一歩です。
炭酸泉ラボでは、今後もこの「見えない成分の正体」を丁寧に解説していきます。